エッセイ,  技術的なこと,  音楽

レベルにあわない曲を歌わせること

 

自然歌手とそうじゃない人…初期値は人によって違うが

ピアノのメソッドは、基礎からきちんと積み上げていく順番が選曲の段階で存在しています。

エチュードも、それぞれ何を身につけるのが目的なのかが明確です。

 

…ですが、声楽(歌)に関しては「もともと声が出ちゃう人」の存在が業界を支えてきた背景があるからなのか、そういうものがきちんとしていないような気がするのです。

「歌は才能」とか「歌はセンス」とか言われて。

 

実際、訓練してないのに既に音楽的な響きを持ってる人っていますよね。

自然歌手。

そういう人はもう、バンバンやればいいのだと思います。

通常は「楽器」を手に入れるために膨大な時間を費やしますが、既に「楽器」を持っているのであれば、あとはお客さんに出せるレパートリーを増やしていくことに専念すればいいでしょう。実際、若い時から活躍していく人の多くは自然歌手か、それに準ずる人で、ちょっと仕上げレッスンで「お客さんに出せる」ような人達です。

 

…でも、そうじゃない人が「とりあえず方法は違うけれど私も高い声出ます!」みたいな状態でもって、身の丈にあわない曲を歌うのはやめようよ(´・ω・`)…と思うのです。

それは猛烈に自分が後悔したから余計に思うというのもあります。

先日偶然、習いたての子が夜の女王を歌っている動画を発見ました。コメントや評価は賛否両論でしたが、私は指導者に対して「この子をちゃんと育てる気持ちがあるのだろうか?」と憤りのようなものを覚えました。

「高い声は出る」けれどピッチもあっていない状態で、どのようにコントロールすればいいのかの術も何もない状態で歌っているわけです。こういう状態でこの曲を歌うことによって身につけることはなんでしょうか?

悪い癖をつけるリスク

大学4年の時、伴奏法の授業で魔笛をやって、夜の女王を歌える(?)2人がそれぞれ一曲ずつ担当しました(2つのアリアのうち両方HighFはあります)。

私と、もう一人。

もう一人の声はいわゆる自然歌手みたいな子で、なんでも最初から歌えちゃう子でした。入学時点でもう別格で、そのままもう仕事できそうな(実際その進路を進められるような)、楽器そのものは既に持っている状態。

HighFも、余裕?(当時の私の耳にはそのように聴こえた)

 

一方の私…入学時、「卒業研究発表会(卒演みたいなもん)で夜の女王を歌う!」とか息巻いて練習に励んでましたが、「あ、こりゃ厳しい…」と思うにいたり、結局は歌曲とデスピーナのアリアを選曲。

この魔笛の発表は卒業研究発表のひと月後くらいでしたが、歌うことになってしまったものの、当時の私の技量では正しいテクニックでは歌えませんでした。

 

伴奏法の授業なので、声楽の先生では無くピアノの先生の裁量…ということで、とりあえず学年で歌える人が歌うという割り振り。

…結果として私はというと、その後その癖を除去するのに大変苦労することになる「狭くして高音を狙う癖」を手に入れました。

 

超、いらない。

マジ、超~~~~いらないんですけど!!(゚д゚;)

 

たまに「どれくらい出来るようになったのか?」を確認したくて夜の女王を歌ってみますが、当時よりはマシになっているものの悪い癖が蘇るので、最近は「この歌はむしろ歌えない…」と思うようにすらなってます(苦笑)。

 

その人のペースで積み上げていけるように

そんなわけで、指導者の方には是非、学習者が歌いたいと持ってきた曲に「なんでもいいよ」とこたえるのではなくて、その人が楽器としてのポジションを保ったまま歌える曲の範囲におさめて選曲してほしいです。

声出るからOKでしょ!ではなくて。

声の質をもっと問いましょう! !(`・ω・´)

上達を感じながら、期待感を持ちながら歌い続けていけるように。

 

ピアノも10年以上続けてやっとかたちになってきますよね。

声楽だって同じだと思うのです。

 

悪い癖をつけてしまうとそれを取るのに膨大な時間がかかります。

素材はよくても、その素材をつぶしてしまうような指導があるのがとても残念に思ったのでした。

おしまい。

 

 

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