エッセイ,  音楽

知ってるのと出来るのとは全然違う

娘のピアノの発表会が間近。

先生に言われるのは平気なのに、私に何かを言われるとすぐにヽ(`Д´#)ノ ムキー!!!ってなるので、基本的にノータッチできました。

…娘は娘で私に甘えがあるから反発しますし、私は私で「外向きの顔」にならないので、自分で子どもにレッスンをするのが難しく先生にお願いしてます。

 

そしたらもう、ひっどいのなんの。

 

「○○ちゃんだったら弾けますから」と言われていた曲が間に合わず、曲を変更。

そして、私と合わせる二台ピアノも合わせるどころの話ではなく。

 

先生にもご迷惑がかかっている…と、危機感をもち。

先週の金曜日から、毎日数時間、濃厚母子レッスン。

 

今日、練習で出来ていない箇所を指摘したら、娘が「知ってる!!」とムキになって怒ったので「はぁ??知ってるのと出来るのは違うんだよ!!!出来てねぇもんは出来てねぇんだよ!!!「知ってる」なんていうのは下手糞のセリフなんだよ!!んじゃやれ!!!」と私もついドスの利いた声で凄んでしまいました(爆)

(※ここまでの口調になることはそうそう無いです。)

…だから嫌なんだよなーと思いつつ。

 

指導者のアドバイスに対して「知ってる」と言う人と、「やってるのに」と言う人で上達した人を今まで見たことがありません。

 

これを口にした人には、技術指導以前の話が理解出来るようにならないとその先の向上は無いな…と内心思います。

 

知ってることが全部出来たら苦労しません。

んじゃ本さえ読んでいればなんでも出来ちゃいますよね。

 

未経験者がサッカーの技術についての本をたくさん読んだら…いきなりスーパープレイが出来る!

免許を取得していない人間が車の運転の仕方を本で読んだら…いきなり運転できる!

ド素人が絵の技法の本を読んだら…いきなり超ハイクオリティな絵が書ける!

 

…なんてこと、あるかーい!!!

 

そんなん出来たら画期的過ぎです。

私だって、師匠にUSBでも繋いで全部ダウンロード出来たらどんなに楽ちんだろうかと思いましたよ(笑)。

 

実際に出来るようになるまでが大変なのです。

 

そもそも言葉に出来ることって少なくて、どんどん上達していく人って盗み取る姿勢がある人だと思います。

言語化出来ない部分の違い、「言葉に直して教えてもらえない部分」をどこまで知覚して自分の身体に落とし込んでいくのか?という姿勢。

 

…やはり能動的でないと!!

 

…能動的と言えば…娘ちゃんは現在、発表会とは関係ない曲をずっと弾いてます…。。

血筋ですかね。

与えられた課題よりも、自分がやりたい曲を優先する姿勢が…。。。(そして後から苦労した人→私)

でも「納期に間に合わせる姿勢」は持っていただきたい!!と思う母親でした。

プロにしたいとかは特に思ってませんが、やはり何ごとも「向き合う姿勢」は大事です。

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