エッセイ,  音楽

音楽に向いていない?向いてるってなんだろな

向いてる向いてないってよく話題になる。

それを「才能」の有無とする人もいるけれど、指導力のある指導者のもとで適切な訓練を何年も地道に続けてきた人間が初心者よりも下手…というのは、比較対象となる初心者が超人でない限り、そうそうないのではないかと思う。

趣味である程度音楽を楽しめる…というレベルはそこまで難易度の高いものではないのではないかと。

 

今でこそ声楽家を名乗っているけれど、「向いている」も「向いていない」も、私はどちらも言われたことがある。

でも思うに、言う人のフィルターがかかっているなと。

 

教育学部にいたので、学校の先生になるのが多数派な中(というか、同期は私と1人を除いて全員が正規の教員をやっている)、さっさと結婚をして大学に残って研究するという人生を歩んきた。

この行動も、ある人から見るとプロを目指す道に入った人とみられ、またある人から見ると「お気楽な主婦の道楽」のように見えたようだった(派遣では働いてたよー)。

同じ行動でも、捉え方は様々

 

私は、自分が向いているか?向いていないか?というのは、正直わからない。

けれど、向いていなくても続ける。そう決めている。だけ。

それをただただずーっと続けてきた。だけ。

 

自分で、「向いていない」と感じて、それが「だからやめる」に繋がるのなら、それはその人の決断なのだろう。

理由に「向いていないから」を自ら選んだのだと思う。

目標が「プロになる」で、そうでなければ辞めるという気持ちであるのなら、一定の水準に到達する年齢も気になるだろうし、ひとつの納得できる理由をもつことは大切なことだとも思う。

 

でも、向いてるか向いてないかって、結果論だと思うようになった。

そして、途中でやめたら「向いてなかった」になっちゃうことが多いのかなと。

 

ある人の元では「向いてない」って言われていた人が、師匠をかえたら大化けすることもある。

何かに気がついた瞬間、するするするっと今までの学びが繋がって数段レベルがあがることだってある。

 

上達って直線的じゃなくて、コンディションによってもいったりきたりしながら「未知の領域」にたまに到達して、また落ちたりして徐々に徐々にあがっていくものだから。

 

わかんないよね。

色々な原因があって結果があるから。

 

 

私は大学3年の頃、声楽家兼合唱指揮者をやっている方に「あの子は先生タイプでしょ?演奏家には向いてない」って言われて、めっちゃムカついたことがあります(笑)

今でも、それを口にした人のことは好きじゃないですwww(根に持つタイプだからヽ(=´▽`=)ノ!!・笑)

そんなんなんでたった一回合唱のセミナーで指導してもらっただけで言われにゃならんのだ!と。

…まぁ、当日の演奏が良かったか?と問われれば、旅先でドライヤー不所持…という失態のおかげで「風邪のひきはじめの違和感(まだ痰はからんでないけれど浮腫んでる感じの)」を抱えて集中しきれない重唱を歌ってしまいましたけども(これは反省)。

…でもね。

私は21歳の当時、「演奏家になるんだ!!」ってそもそも一言も言ってません。

ひとっことも!!!

進路はどうしようかと決めかねている時期でした(←遅い)。

なのに、どういうわけか勉強しにいったセミナーで、唐突に「演奏家には向いていない」と…!!

それが私の脳内では=「表現者としての才能・演奏の才能はあいつにはない」って変換されてめっちゃムカついたのです(笑)

なんでやる前からいきなり判定されなきゃいけないわけ??しかもそこまで普段の私を知らない人に!という不快感。

 

よく知らない人にノックもしないでいきなりドアを開けられて唖然としている間にう○こを放り込まれたような不快感。

…後から臭うんだこれが!!

 

…まぁ、これも「私フィルター」を通した私の思い込みですけどね。

人は思い込みばかりです(*´ω`*)笑

今思い返しても、その人の意図だってわかりませんし。

 

愚痴になってしまった…!!m(_ _)m

 

 

何が言いたいのかというと!!

要は、人に言われた「向いてる」「向いていない」とかよりも、自分の心に従おうぜ!!ということです。

 

自分が納得するまで!やればいいと思います。

 

そうやって「向いてない」と言われた私の歌で泣く人だって広い世の中にちょびっとでもいるのですから(ありがたや)。

 

いじょう!

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