エッセイ,  技術的なこと,  音楽

守破離

 

大学1年の頃、師匠にレッスンで「努力もしてるし根性もあるけど、努力の仕方を間違ってる。」と言われました(←一語一句覚えているw)。

超ショック Σ( ̄Д ̄;)

いや、でも、今思い返すと「その通りでございます!!!」って感じですけどw

 

殆どド素人で入学したので、何に留意して歌うべきなのかも何も知らず、ただただ大きな声で歌ってました(元応援団&元剣道部w)。

…アホですねw

 

「先生はドSですよね~」と後輩が言ってましたが、実際、色々と厳しいこともおっしゃる先生でしたし、私自身も特に大学1年の頃は「そこまで言わなくてよくね?私の何を知ってるんじゃあぁぁぁあぁぁ!!!」と日記(オフライン)に愚痴を書いていたこともありました。

言われることが他の指導者とは違うので混乱していた時期もありました。

でも、先生のレッスンでどんどん声が「解放されていく」ので、自分の身体感覚からも「この先生は間違ったことは言っていない」と信じて、我が師として長らくついていきました。

声が壊されるような指導も存在する中、とても運が良かったんだと思います。

 

ある程度経験を重ねていくと、自信を持てない人に「私はあなたみたいには歌えない」と言われてしまうことがあります。

こないだ練習の様子を動画に撮りましたが、もちろんいきなりあんな実験的な「手探りの勉強」が出来たわけではありません。

なにせ、練習方法が間違っていると断言されるような練習をしていたのですからw

 

私も元初心者です。

ただ、費やしてきた時間と労力が蓄積されてきているだけ。

 

 

「守破離」…剣道でもよく道場に掲げてあったりしますが、「守」が出来てないと技術の伝達は出来ません。

「型破り」は称賛の言葉として扱われたりしますが、「守」の段階をすっ飛ばして「型破り」になることは出来ません。

それは単なる「型無し」です。

 

学ぶの語源は真似る。

人は模倣を繰り返して、時に組み合わせたり試行錯誤を繰り返して新しいものを生み出していきます。

 

模倣するのはテクニック:「何をしているのか?」であって、結果(声)ではありません。

「どういう動きをしているのか?」が大事です。

師事するというのは「種も仕掛けも教えてもらう」ということです。

iPhoneを見て、ド素人が見よう見まねで作ったところで、それはiPhoneにはなりません。

声楽教師なら、「どうしたら声楽的な声として機能するのか?」を教えてくれるのが先生です。

 

目の前でやったことを真似するレッスンを想定しているのか、よく「同じ声種の先生に師事するのがいい」と聞きますが、私の師匠はバリトンです。

でも、具体的にどうしたらいいのか?を説明してくださるので、声種が違おうが「ド素人→現在の私」くらいまで育つことが出来ました。

 

 

学生の頃、セミナーでお会いした方に「○○くらい歌えたらいいけどさ~」って、「そんな風に歌えるようにはならない前提」&「私達は仲間よね」っていう話し方をされた時にちょっとムッとしたんですけど(笑)…。

先日のツイート↓

…という希望を持って。

 

「は?そんなの出来るわけ無いじゃん!w」って言われながらも続けていって出来るようになったら面白いよね!!(*´∀`*)と思います。

「普通は~だよね。」をそのまんまやっていても面白くないじゃないですか。

そして、人が思い込んでいる「普通」をぶち壊せたら、もっと面白いと思うのです。

 

せっかくだから面白く生きたいものです。

 

 

劇的ビフォー・アフターをアップできればいいのに、残念ながら当時はビデオが気軽じゃなさ過ぎて本当の初心者の頃の動画がありません。

せいぜい大学1年の冬…。でも、この時点で「この1年でめちゃくちゃ伸びたよね!」と合唱団の人に言われてたので、たぶん全然違うのだろうと思いますが。

興味がありましたらご参考に↓

自分の成長の様子を晒してみる

人は成長するのです…!!!ヽ(=´▽`=)ノ

 

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