自分が自分のことをどう思っているか。
— よこたん♪9/1Casa ClassicaさんにてLive!! (@utautai_soprano) November 28, 2017
その証拠を集めては、「ほらやっぱり」と確信していく作業…それが人生。
わかっちゃいるのに、やめられない。
いや、もうやめよう。
自分のいいところを書き出して音読しようかな。
なんかちょいちょい誤解されるんだけども、もともと自信はそんなにある方じゃないんですね。
昔、「調子にのってる」とか言われたりもしたんですけど、どっちかというとド下手糞な自分が如何にしたらマシになるだろうか?と思ってやってきたタイプで。
…で、マシになるためには行動をしなければならないわけで。
人ってその人なりのペースで進歩はしていくから、そのまんま出すだけでも「あぁ、あんなに下手くそだったのにこういう風になっていくんだ」という類の勇気を与えることは出来るんですよね。
自分が教わってきた先生方だって、初心者の頃があってしごかれていた時代があったわけで。
私は「あいつはダメだ」とか、その人の未来や可能性さえも赤の他人が決めつける姿勢が嫌いなんですけど、…というか、自分がそれをされてきてものすごい嫌だったのと、ずーっと…それこそ何十年も根に持っているんで、そういう恨まれるようなことは言うもんじゃないなと(笑)。
…まぁ、人間はどっかしらで恨みを買っているものだとも思いますけども。
少し話が逸れました。
人って、「自分はダメだ&変われない」って思うと、心を閉ざしてやる気を無くしてしまったり、非生産的なこと…人の足を引っ張っるようなことにエネルギーをつかってしまう傾向があるんじゃないかな、と私は思っていて。
だから、「いや、君は出来る。」って「出来るか出来ないかじゃない。やるかやらないかだ。」…と、”No, try not. Do, or do not. There is no try”とルークに言うマスター・ヨーダの如く、人の心にある熱を思い出させるような関わり方をしたいのです。
…というか、正確には、そういう関わり方の出来るような自分自身でありたいのです。
ねー。
色々あるんですけどね。
人生、本当、色々あるんですけどね。
せっかく一度きりの人生ですから、可能性を試してみたいし、広げていきたいです。
やらなかった後悔を抱えたまま死にたくないので。
たまに愚痴ってるけどごめん。