「私と同じ失敗をするな」と
随分と仰々しいタイトルで書き出してしまったが…(笑)今も、やはり後悔したりする。
いや…後悔とは違うかな。
「なにをやってるんだろう?私は。」という気持ち。
キャリアに邁進して不妊になり、そのまま産めない…というパターンを先輩方でたくさんみてきたので、私は出産を優先した。(←病気で歌えない期間もあったしね)
…けれど、やはりかけられる時間は圧倒的に少なくて、思うように「作っていけない」自分に自己嫌悪になることがある。
講師業も演奏もちょこちょこゆるーくはしているので、何もしていないというわけでもないけれど、基本的には旦那に食わしてもらっている身分でありながら「働いている」と自称するのにも正直抵抗がある。
…と、そんなことを言ったらセミプロに支えられている音楽業界では殆どの人が「働いていない」になってしまうけれども。
今の行動が未来にどのように繋がるのか?
学生の頃、「教える勉強をする場所だと思え」ということで、部活で色々と学生指揮者やら後輩指導やらをやっていた。…けれど、そうやって大学の学内で自分の時間や労力をつぎ込む姿勢について、外部の指揮者の先生(今は音大で教鞭をとっていらっしゃる)は、「大学にしがみついている。私はもう貴女の年齢では(合唱団を教える)仕事をしていた。」と忠告していた。
ボランティアで「ごっこ」をするんじゃなくて、社会的な責任を負って「仕事」をしろ…と。
世間知らずだった私は、自分が今やるべきことと、将来に繋がること…がうまく考えられていなかった。
「スキルさえ身についていればやっていける」…と、そう漠然と思っていたので(甘い)。
学生の時点で、プロの音楽家になりたい(←「演奏家」ではない)と思っていながらも、私が在籍していたのは教育学部。
私の志望動機は親の意向や経済的事情ありきだったけれど、周囲の人間は「学校の先生になること」を目標にしていたし、教諭の指導も「学校で役立つ人材・学校の部活指導を想定した人材育成」だった。
基本的にみんな公務員という安定した立場で部活をボランティアで教えるという考え方であって、音楽を職業として生きていくという意識で物事に取り組んでいるわけではなかった。
色々とスタンダードがズレていた。…と、今はわかる。
当時の私の行動は「キャリア形成」には繋がっていなかった。
自慢じゃないけれど、卒業時の実技は、声楽も作曲もピアノも、全部AAで卒業した。(ピアノはオマケかな?とも思うけれどw)
音楽家・教授陣にも、それなりに期待の言葉をかけてもらえてはいたので、そこまで素材やその年齢(22)時点でのスキルに著しい問題があったわけではないのだと思ってはいる。(今現在、歳の割に経験が不足している自覚はある。)
けれど、仕事は「人」を介してやってくる。
…ので、スキルを持っているだけではどうしようもない。
(学閥の問題も絡んでくるから、「日本でやっていくなら藝大か院を出ておいて方がいい」とも言われた。)
自分一人の力は微力だ。
自分一人だけで信頼を勝ち取るというのは、苦労も多いし時間もかかる。
自分と誰かを繋ぐツールとして、学歴やコネによる信頼が果たす役割は、その手間のショートカットなのかなと思う。
武器になるものは多いほうがいい。
自分の今の行動が自分の理想の未来に繋がるのか是非考えてもらいたい。
冒頭に「後悔とは違うかな」って書いたけれど、ひとつ、後悔。
学生時代の過ごし方だ。
親がまだまだ元気で、比較的低リスクでチャレンジ出来る学生の期間というのは貴重だ。
「プロとして活動しなよ!」に、「まだまだです!」と何もしないのはとても勿体無い。
師匠や先輩の手前、「まだまだな自分」を売り込んでいくことに心理的抵抗を感じるケースもあるだろうと思う。(現実問題として、「そのクオリティで師事歴に私の名前出さないでよ!」というのもあるだろうが。)
でも、若さは武器だ。
色々な需要がある。
「高校球児を応援する人達」のクラシックバージョンもいるのだ。
私は長らく「音楽家は職人的な技術職だ」と思ってきたけれど、「何を、誰に、どこで、いくらで出すのか?」「それを購入した人は何を得ることが出来るのか?」…etc.という考え方を持っていれば、自分ができることは実は結構たくさんあることに気がつくだろう。
高級なイス取りゲームばかりが仕事ではない。
人の役に立てるスキルをたくさん持っているのに何もしていない人がたくさんいると思う。
私がもし10年前に戻れたら、もっと「仕事」をしていればよかったなと思う。
色々な人の立場から助言をもらうことがあるだろうけれど、「自分はどうなりたいのか?」「そのアドバイスは先に何を想定しているのか?」、ちゃんと頭を使わって戦略的に生きていってもらいたい。
時間は有限だ。