前回の要約と+α

 

↓なんだか前回の記事↓がものすごく長くなってしまったのだけれども…

音楽の専門教育を受ける前に「足切り」


ツイッターに要約したのでシェア。


以下引用―

昨日長ったらしいブログを書いたけれど、要約すると、「音楽に関しては機会があからさまに均等に与えられていない」ということを言いたかったのだなと思った。
大学の受験科目の段階で「そもそも受験勉強が出来ない家庭」が多すぎる。そしてそれは授業でも部活でもカバー出来ない。

楽器の習得に長い訓練が必要なのはわかるけれども、少なくとも「耳が圧倒的にいい人」というのは存在して、そういう人はものすごいスピードで習得することが出来たりするけれど、今の制度だとお金がなければちゃんと学べない。
学生の頃、独学初心者がラ・カンパネラを弾いていた。そういう人。

歌なんかだと余計にそういう人は多かった。勿体ないなと思う。興味を持っても伸ばす機会がない。
歌のスキルと語学のスキル(発音のよさ)はだいぶリンクするので、そういうところからも試験できるところがあればいいのになーとか思う。
みんなピアノ弾けなきゃいけないっていうのも庶民は難しい。

以上―

 

…その人、ラ・カンパネラ、耳コピしてました。(リアルのだめの、習ってないバージョンね。)

 

才能とは残酷なものです。

歌でも同様の人を複数名目の当たりにしていたので、私は自分が天才とかは全然思ってません。

まーでも、「続けることが出来るくらい好き」なのはあるので、それはそれでひとつの才能として考えれば才能なんでしょう。

楽しいですし、それでいいのだと思っています。

 

そういう圧倒的なスタート地点の違いを見るにつけ、学生の頃は「あははwこういう人がプロになるのか!!きっと音大とかいったら超いっぱいいるんだろうな!!」って思ってました(…その内実は「習える環境の人達」が大多数の集まりでしたが)。

だから余計に、勿体無いなと思ってしまうのでありました。

この人達がその好奇心をもっともっと自由に伸ばせたら、きっともっと本人も周りも楽しいんだろうな!と。

 

私は自分が「続けてきたから出来るようになった」と思っているから、「継続は力なり」という趣旨のことを書くことが多いです。

ですが、ピアノの講師の先生にも写真記憶で楽譜がそのまま頭に入る先生がいましたし、なんだかなんだいって努力でどうにもならない才能ってあるなとも思っています。

…でも、プロもピンキリで、アマもピンキリで、別に一線級にならないと楽しめないわけでもないし、やる側じゃなくても聴く側でもいいし、それぞれの場所で音楽と共に心豊かに生きることが出来たら、それは素敵だと思っているので、才能云々とかよりも「それぞれの理想」について思いを馳せてやっていけたらそれでいいんじゃないかなと。

音楽はなんだかんだいって楽しいから。

 

若い頃。

「ただピアノ習っていただけで」

「環境がめぐまれていただけで」

…そういう趣旨のことを言われた時、正直、ものすんごい腹が立ったんです。

 

「はぁ?怒鳴りつけられながら、泣きながら土下座していた人の気もしらねーで何を抜かしていやがるんだコイツは!!私だって努力して環境を手に入れたんだ!!」

…って(言わないよ!思うだけね。)。

 

…でも、実際そうだなと。

ラッキーだったんですよね。多くは適切な努力ができる環境ですらないわけで。

…大学入ってから声楽のレッスンで「努力の仕方を間違ってる」って自分も言われましたけどw(基本的には学力で入れるから)

当時は傲慢でした(今もかな)。

 

何年も教授のレッスンを受けて浪人して藝大いった人が「金が無いから実力でやってきた」って私に言った時、「はぁ???金が無いとかどの口が言うんだwww」って思いました(これも思うだけね。)。

妬み、僻み。
あるよ。あるある。

でもこれ、学びたい人が、それぞれその人にあった学べる機会にもっと恵まれていたら、「あるある」じゃなくなるんですよね。もっとみんなが普通に触れるところにそれらがあったら、ただやりたい人がやるだけの話ですので。

 

私がいた大学は、教授(師匠)もちょっと?変わっている人だったから、普通じゃない経験がたくさんできました(もう退官されてます)。

普通に教えてもらったら謝礼がいくらになっていたのかわからないようなレッスンをタダで、しかもクラシック~ポピュラーなものまで色々やりました(マイクやスピーカーも先生の私物…)。

賛助で部活にちょいちょいきていた卒業された先輩(兄弟子)は、普通の学部から二期会の研修所に行ってました(ピアノは弾けない)。

 

小さいときからやってないと云々、ピアノが弾けないと云々、音大卒じゃないと云々…などなど。

人は「可能性」を否定するのが大好きです。

私もその傾向は普通にあったと思います。

でも現実として、私はそういう「可能性」をたくさん見てきて思うに、意外に人は色々出来るもんなんだなと。

 

もちろん向き不向きはありますけどね。

私も足が遅く、持久走大会もビリから2番目を走っていたようなヤツでしたが、中学で部活に入り、剣道2段をとり、持久走も前の方を走るようになりました。

…試合にはなかなか勝てなかったけど!w

 

やってみれば意外に色々と出来るものです(笑)

だから余計に、望むように学べる、そういった機会が一部の人にだけじゃなくてあったらいいのになと、切に思っています。

 

…今日も結局長い!!www

読んでくださった方、どうもありがとうございます。

 

追記

独学からピアニストになった人のお話が落ちていたので。

数々のコンクール入賞歴を持つ独学のピアニスト

 

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