哀れな役者ならば

2019-06-23 10:42:51

人は役を演じて生きるという。
生まれ落ちた時点ではなんの役ももらえてなかった存在が、抱かれたその瞬間から役割を得る。

ある人間は、愛をたくさん受けて育ち、情けを学び、己を信じることを学び、生きることの意味を肯定的に捉えるだろう。

またある人間は、愛とは何かもわからぬまま、人の機嫌に怯え、己の存在すらわからぬまま、ただその瞬間その瞬間に、一時の安心を求めて彷徨いながら生きるのだろう。

幼少期に学んだ「人生とはこういうもの」というインプットを覆すのは難しいらしい。
もらった脚本を、一生懸命繰り返す。
違う役に憧れることはあれど、役作りが難しすぎて、多くの人は途中で何度も挫折する。

自分に近い役は、入りやすい。
共感しやすいから。

自分から遠い役は、そこに沸き上がる感情の背景を学ばねば共感に辿り着けない。

…背景を学ばねば。
否、背景を学びさえすれば共感することもあるのだ。
時にその背景に心が掻き乱されようとも。

大げさに見得を切っても舞台は終わる。
どうせ意味など無いというが、どうせ意味が無いのなら、人に蔑まされようとも笑って生きているのがいい。
人を嘲り笑う者もまた哀れな役者だ。

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