小さな生き物

2019-06-02 11:43:00

将棋漫画「3月のライオン」のシーズン1が無料公開されていたので鑑賞。

史上5人目の中学生プロとなった主人公の物語。

親元を離れてから基本的に一人で研究していた主人公が、新しく素敵な師匠を見つけて研究会に入るのだけれど、そのくだりがいいなぁと思った。

いいなぁ…というのは、羨ましいなぁという意味で。

 

将棋の世界は勝ち負けがあるから、たとえ「戦術」が色々あっても非常に結果がクリアだ。

個々人の戦略などによる好みと勝敗は独立している。

「強くなりたい」という思いと努力は、とてもシンプルに結果に繋がる。

そして、本当に強い人はオールラウンダー。

 

・・・・・・

 

10年ちょっと昔、先輩方(兄・姉弟子達)が研究を深めるために「次の場所」へ次々進んでいくので、私も行こう!とか思っていた頃、師匠に「自分の中の基準が出来てからの方がいい」というようなことを言われたけれど、その意味は後からわかることになった。

コンクールや某所を聴講したりする中で、「どうも私の中の優先順位と世間的に評価されるものは違うらしい…」と。

この人が選ばれなくて、この人が選ばれるのか…??それはどういう理由なんだろう?と腑に落ちないことがよくあった。(枕とかそういう話ではなしにね)

 

磨いて磨いて尖ってしまった人達の集まりというよりも、ある程度磨いているけどまだ磨いている途中の人達の集まりだから、余計にその人の優先するものの差が出やすかったこともあるのだと思う。

結局、組織に入ってしまうと組織内での評価による椅子取りゲームみたいになってくるわけで、「結果」を求めると自分の美意識は第一優先にはならない。

様々な事情を理解した上でどうするのか?を戦略的に選ぶことになる。

勝ち負けの基準が、自分の美意識とは関係のないところに存在するという難しさ。そしてその基準には年齢も入っているという現実。

将棋の「強くなりたい」はとてもシンプルに結果に繋がる。年齢も関係ない。

でも

歌の「上達したい」は必ずしも結果(社会的な評価)には繋がらない。

人気商売的なものも関わってくる以上、余計にだろうか?

 

「結果を先に求めると失敗する」と師匠が言ってた。

主に技術的なことについて※だったけど、技術的なことだけじゃないなと思う。

※ex.)発声上、理想的な状態によって生じる結果(仮にAとする)から、「Aにして!」っていうようなものの考え方や指導。本来レッスンは、これをやれば「Aになる」ようにするものなので。

 

組織は、「個人の集団」ではない。

上命下服が膨らんだ、組織という独特のひとつの生き物だ。

そこに入った人間は、そこの細胞になる。

組織の中で脳細胞になりたい人間に必要なことは技術だけじゃない。

大きな生き物の細胞として生きることが、不器用な人間には難しい。

小さな生き物として独立して生きていくこともまた、ひとつの種のあり方だろうか。

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