意味なんかなくても

2018-10-17 11:17:00

 

昨夜、泣くためにソードアートのユウキ(絶剣)のエピソードの最終回を見返していた(わからない人ごめん)。

フルダイブシステムを使えば…仮想空間でなら「生きられる」という重病の登場人物の最期。

このシステムが無ければ、病院にいて、つらい治療を受けながらほとんど横になっているだけだけれども、仮想世界の中でなら肉体をもって、そこにダイブしている人達と普通に交流が可能になる。
もちろんゲームなので、「普通の日常生活」ではなくて、剣を振るってモンスターと戦ったりするのだけれども。

そこでの人との関わりと、そこから始まったリアルでの関わりの中で、互いが互いに勇気を与えあったりして成長していく。

 

死を前に彼女が口にする
「意味なんかなくても生きてていいんだ」
っていう言葉。

 

たくさんの人の手を借りて、たくさんお金を使って、でも死ぬだけ…という残された生の中で、生きている意味を問い、悩み苦しみ…でも、辿り着いた言葉。

何回も何回も手術を受けて、痩せ細って身体中に管がついていた我が子の姿と重なったりもして。

 

世の中は、「生産性」という尺度で人をジャッジして、弱者(正確には現代社会において適応が難しいマイノリティ)を排除しようとする。

病人や障害を持つ人間を身内に持つものは、介護・看護をするのが当たり前で、かつ「周りの人に迷惑をかけるな」という圧力を感じながら生きることになる。

私は無理矢理普通級に入れて特別扱いをしろと要求するのがいいとは思わないけれど(それは双方のメリットとデメリットを考えていいことだと思わないという意味で)、なんだかんだ社会が「多数決」という数の暴力で成立している背景の中で、少数であることはそのまま多大な生きにくさを生じてしまうものだと感じる。

またそういった「課題」について、多数派に属する人らは隔離されているから気づいていない&気づいても面倒くさいから関わらないようにしている&「迷惑をかけるべきではない」というモラルによって口を封じることでなかなか解決されてない気がする。

 

発達障害を例にとっても、それらの人達の偏りが「生産的であることもある」という部分がクローズアップされて存在を肯定しようとする動きがある。

わかりやすく誰かの役に立つことだけを切り取って、そこにだけ価値を付与する。
「価値のある側になれたらOK!」っていう発想。
人の命ってそういうもんなの?

根本的な部分で、(主に多数派に)認められる価値のない人間には存在する価値がないと言っていることはブレてない。

 

こういうの、私は嫌いだな。

そしてそういう思想を受け入れている人がたくさんいる。
本当にたくさんいる。

前回書いたことともリンクするけれど、そういう思考に囚われているが故に自分を守ることで精一杯になっている人もいる。もったいない。

医療の進歩は患者がいるから。
全ては繋がっている。

片方だけっていうのは無い。
表だけあって裏がないものは無い。

「迷惑」ってなんだろうか?
人は社会システムを作って助け合うことで繁栄してきた。
「迷惑」ありきだ。

今どれだけの人が自分で鶏飼って卵とってる?肉食べるのに、殺して血抜きとかから全部できる人どれくらいいる?
みんな役割分担でまわってるのに、穢れの多い仕事とか差別して、自分は大丈夫な側にいるとか思ってるアホなニンゲン。

良いものと悪いものを二分する思考。
そういうのに振り回されてどれだけの人が生きにくくなっているんだろうか。

 

…とか思った。

なんだか最近の私はうるさいね(笑)

 

アニメも色々ある。
正直、権力者の洗脳に拍車がかかるような作品もあるけれど、風刺の入っている作品とか、面白い作品もたくさんある(私もまだそんなに見れていないけれど)。

音楽作品も後者みたいな作品がもっとあったら楽しいなーと思いつつ。

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