文化



戦争の話を聞いた生徒(児童?)が、食べ物がなくて死んだ話に対して「コンビニに行けばよかったのに」って言ったらしいです。

マリー・アントワネットかよ。っていう。

でも、「知らない」ってそういうことですよね。

 

 

クラシックって基本的にむこうのだから、カタチにするまでのハードルがより一層高いです。

そしてそもそも、コンサートだとかなんだとかは庶民レベルの文化にはなってません。

(そもそも高級感で売り出していて、大衆文化ではないポジションで存在することを是としている部分もありますが。)

そして、文化にすらなってないものに、「正しさ」みたいな要素がてんこ盛り。…で、学校の授業は五線譜だし、西洋楽器ばかり使う…と。

…正しさってなんだろうな?って思ったり。

 

 

「オペラってなんですか?」って、大学一年の時にサークルから勧誘されて訊いたのが私。

あんまわかんないまま先輩方の声に惚れて入りましたけども(当時、顧問が専門家)。

当時の私はオペラについて、「中学の音楽の授業でやってた、スゲー声で歌ってる外国のなんか」くらいの認識でした(爆)

 

…でも、田舎の一般庶民ってこんなもんよね?(笑)

 

 

文化になってないものを学ぶって難しいんですよ。

だってそもそも「知らない」ですもん。

 

 

クラシックをやっている先生方の多く(殆ど)は、富裕層のご出身です。

学べる家庭…というだけで、「並」ではありませんので。

…なにも音大でなくとも、そもそも「大学へ行くこと」自体が全然当たり前ではありませんけれどもね。

 

無知な人を指導者が「やる気のない人」とみなす傾向があることがありますが、求めている情報にアクセスしやすくなったとしても、「存在を知らない」ものへはアクセスできません。

文化的教養がなければ存在すら知りません(ここでの「知る」は「何らかの体験をするという意味」)。

知るのにだって通常はコストがかかります。

…まして田舎には施設自体がありません(かなり距離があったり)。

 

価値観の大部分を形成する18歳までに生まれ育った環境によって、「知らない」だけではなくて、だんだん「あえて知らないものをお金や時間をかけて観に行こうとも思わない」ようになります。多くは。

 

 

日本のクラシックって、そういう状況の中でやってるんですよね。

でも異国の文化ながら、「クラシック=高級」 みたいに予め与えられた価値あるイメージがあるから、それに助けられながら存在している部分もあるのではないかと私は勝手に思ってます(爆)

「価値があるもの」としての地位が与えられているだけで権力やお金を持った人の選択肢に入りやすいので。

 

 

 

「正しい発声」とか「上手くなりたい」とか、そういう話題がSNSにはよく流れてますけれども、そもそもどこに「正しさ」や「上手さ」を設定しているのかな?と疑問に思ったりします。

(私も「うまくなりたーい」って常に言ってますが・笑)

日本人が好む傾向の音というのもありますし。

違う技術を用いて同じ曲を歌っている…ということも珍しいことではなくて。

 

私が声楽をちゃんと学んだ師匠は基本的には一人ですが、学生の頃、合唱関連でボイトレを受けたことがあって、全然やることが違って戸惑ったことがありました。

「結果的には同じことを求めている」って言ったりしますけれど、いや…あれは違いましたね。違うものでした。

結果(=指導者ご本人の声)も全然違いましたし。

声楽と合唱は違う…という話ではなしに、声楽家のお声が違いました。

 

きっと伝統が脈々と受け継がれてきた…とかならある程度の型が共通認識としてあるのでしょうが、 まだ色々なものが混在しているのだろうと思います。

もちろん世界との距離が縮まってきているので、確実に進歩はしているのでしょうけれども。

…長いね。

長文お疲れ様でしたm(_ _)m

あー…「うまく」なりたいっ!!!

…特に日本語。。。( ´Д`)

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