風刺

2019-03-14 00:37:24

 

こういう頭の良さが欲しい。

私のブログの読者層はクラシックな人が多いので、こういう音楽は好きじゃないかな?

でも、途中で「んえ!?」ってなるよw





 

どうぶつさんたちだいしゅうごうだわいわい♪が頭の中に流れすぎて困ってます。w

格好つけてそれらしくしてても中身は空っぽ♪という皮肉を面白おかしくネタにするという(…という意図だと私は読み取りましたが)。

まさにアーティストやなぁと。

せっかく表現活動してるんなら、なにかこういう発信をしてみたいものです。

 

 

ちょっと関連する話題で、ツイッターでこういう漫画があったんですけど。

https://twitter.com/usagitoseino/status/1105593905980928000

 

有名とか、高いとか、誰々が認めたとか、そういう「自分の外側からきたもの」に流される人ってたくさんいて、でもそういうものでしか価値を測れない人に言われた一言で、その人との関係をバッサリとぶった切ってくれるスカッとする3コマ漫画です。

 

こないだたまたまつけたらやっていた「トクサツガガガ」のワンシーンが、趣味や生き方を否定して干渉しまくる母親を娘がぶん殴るシーンで、思わず「よくやったぁあぁぁぁ!!!」とか大声を出してしまいましたが(しかも夫婦で)、そういう、「自分の内側から湧き上がるもの」に価値を感じて幸せに生きている人を潰そうとする奴につきましては、私(わたくし)も常々超絶ウザいと思っておりますですはい。

 

発信というのも難しくて、ヒトラーみたいな雰囲気?で「私が正しい」「私はすごい」って言うと、支持する人たくさんいるんですよね。

わかりやすい「敵」を作って批判したりして感情を煽ったり。…むしろ心理テクニックですらありますけど。

でもそれで支持するのって、根本的に権力に流されているのと変わらないんですよね。ただ、従属・依存する先が変わっただけで。

 

少しばかり多感な年齢の子の指導をしていた時に私が感じたのは、「先生っていうのはこわいものだな」ということで。

圧倒的な力量の差を目にすると、もうなんというか、すごい妄信的になるんですよ。特に10代なんかだと顕著ですけど。

挨拶一つ、舞台関係の人間はいつも「おはようございます」と言う傾向がありますが、そういう癖も真似するわけです。

あたかもそれが「そうすべきである」というように。

 

すごい影響力ですよね。

私はでも、「先生がこう言っていたから」みたいなのは好きじゃないんですけど。

 

何を言われても、選ぶのは自分なんですよ。

自分で選んで、自分でやって、責任とるのも自分なんですよ。

「~べき」じゃなくて。

 

そもそもそういう感性じゃないと、なんかやってることズレるんですよね。

っていうか、生き方そのものが幸せからずれていく気がするんですよね。

主人公はその人自身であって欲しいのです。

自分で、何が適切か?を感じ取って選んで欲しいのです。

 

そう思っているから、冒頭の動画のような発信の仕方が出来る人がすごいなと。

伝えたいことにユーモアがあって、支配的にならず、でも気づきを促し、わかる人にはわかるという。

…こんな発信の仕方、できたらいいなぁ…と。

それは、別に特別な場面における発信でなくとも。

 

なんだか今日はごちゃごちゃ書きました。

ではまた。

息子くんの退院は残念ながらの延期です。

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