SNSで中高生等を取り巻く今のコンクールの是非についての投稿を目にして。
私個人は、練習するきっかけとして割り切れるのならいいけれど、あんま好きじゃない。
特に人格形成の途中にある子供がやるのは余計に。
その悪影響が長く残った人を目の当たりにしたこともあり。
メンタル疾患になってまでやるべきことなんてないと思っているので、本音としては音楽祭とかにすればいいのにと思ってる。特に中学生までは。
こういうこと書くとアレだけど、評価に拘るクセをつけることって人を生きづらくさせてると思う。
幼少期から評価を得るためにやってきたのであろう主にクラシック畑の人達は、人格形成について同一傾向のある種の歪みを持ってることが関わってきて少なくなかったと感じる。
…今より昔の方が酷かった気もするけれど。
ピアノの先生と言えばヒステリックみたいな。
これは情操教育としても根本的に何か間違えていたから起きていたことだと思う。
もちろん、高圧的・暴力的指導を自分が受けたことで、そうはなるまいとしている指導者が今は増えてきたから変わってきているのだとは思うが。
何かの活動を通して、何かを感じる・何かをする、変化する、そういうことの積み重ねが大切だと思うのだけれど、こういったきっかけに成りうる活動を軍隊のような空気感の中で、行動や成果に賞罰をつけながら強制することで感じる力をむしろ剥奪してるような気がする。
自分が何をどう感じるのか?が育たなければ、権威主義で従順な奴隷のような人間に仕上がるのではないか?と。
そうして得た評価を「正しいことをした証明」にするのは、危険ではないのだろうか。
少なくとも、心の余裕を失い、過去の栄光の話を延々とし続けたり、自分はこいつより偉いのだと他者を貶したりする人間性に育て上げるのはむしろ失敗なのではないかと私は思う。音楽を通じて、この人の人生はむしろ豊かになっていない。
でもこれも、人の価値がそうであると、それが正しいと教わったからそうなってしまったのだろう。
指導に携わる人間は、目の前にいるのは人間だということを…特に若い子達と関わる指導者には、自分の価値観や関わり方がその子の人格形成にまで影響を与え得ることを肝に銘じていただきたいと思う。
これは人の親としても強く思う。

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