贅沢品が普通になる頃

雑感

自分が子供の頃、外食と家のごはんは違うものだったし、「プロの味を家庭で」というのはそれだけですごいことだった。

ところが今はどうだろう?

こないだとても久しぶりに無印良品に行ってびっくりした。食べ物の充実に。
…無論、主婦目線だと総菜はどれも高いのだけれど、でもこれ独身貴族だったら全然いいよなーと思ってみてた。(←ちなみに飲み物を買いに入った。飲み物はお手頃価格!)

温めれば食べられるプロの味の多さよ。

 

この、「(当時の)贅沢品が普通になる」という話。

 

今日、正月の挨拶ということで私の実家に行った。
次女出産時に買った安価な電子ピアノが置いてあるのだけれど、そのピアノの話から「おばあちゃんはピアノ弾かないの?」と次女が聞き、時代が違うという話をしていた。

私の母(70代)は農家出身で、山に家があるような感じのところだった。

敷地には井戸があったし、庭(という概念が当てはまるのか謎)の湧き水が出てくるところにはカニがいた。
家の中にオニヤンマが入ってくることもある。夜はもちろん蚊帳。
学校も遠いので、従妹のお姉ちゃんはバイクで高校に通っていた。
「お隣さん」も遠い。

そういう田舎で母が育った時代にピアノがある家なんて存在しない。一軒だけ親が音楽をやっている家庭でオルガンを持っている人がいた、という話をきいた。

 

そして年号が平成になる頃、そこそこ人の多い地域に住んでいた私はたまたま「習い事の定番はピアノ」みたいなブームの中、ヤマハ(幼児科)に連れていかれた。

地域や時代による普通ってあるよね。

 

今はどうだろう。

Youtube見放題。
電子ピアノの性能は格段に向上し、タッチまでアコースティックを再現してくる。
「落ちてくる光のライン」や「光る鍵盤」の動画でピアノを弾けるようになる人もいる。

すごい時代になったよね。
本人の興味関心と時間があればかなりのことを学べる。

 

部活の地域移行に関して、部活が担ってきた教育的意義を継承するとかなんとか聞くけれど、学ぶという行為自体のスタンダードが変わってきてるよなぁと思った。
病欠を含まない不登校の割合も中学生で6%超。(参考)
起立性調節障害の子ども等は含まれない割合なので、実際に通えていない子はもっと多い。
高校も、今は10人に1人は通信制なのだそう。

長女が起立性調節障害で殆ど通えなかったから強く感じたけれど、教育を受ける権利の保障という意味でそもそも機能していないと感じる。
睡眠障害も無く、毎日歩いて通える、そういう健康な子しかシステムとして想定されていない。それ以外は存在しないor劣等生という扱い。

障害児福祉においても同じようなことを感じるけれど。自己責任ってシステムなんだよね。
ちなみにうちは医療ケアが必要な身体一級の長男がいるけれど、福祉手当は一度ももらっていない。子育て家庭の平均的収入があると福祉が無くなるようなシステムなので(手当がなくなる以外にもデイなどの利用料金が現実的ではない設定になったりする)。
(主に)母親が自分の人生は諦めて責任をとれって方針のようで。
…日本って人権意識低いよね。

ちょっと愚痴っぽくなった。ごめん。

 

「今までと同じ」っていうの、何かを犠牲にしたり無視してやってきたところもあるのだと思う。
だからそのままで行くのが難しいのだろう。いや、そのままじゃダメなんだろう。
現代、昔は無かったものがあるのだから、もっとそれらを活用して「普通」が変わっていって欲しいと思う。

とりとめもなく。

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